トルコリラショックで大損した人たち。200万円が800円に
3月22日、FX投資家が肝を冷やした事件が発生した。トルコリラの大暴落だ。大損するだけでなく、“借金”を抱える人まで続出。その借金総額は過去3番目の規模に達した。そんな令和のトルコショックに見舞われた人々を追った。
◆取引開始直後のトルコリラ大暴落
「200万円以上あった証拠金が800円足らずになっていた。大損は覚悟していましたが、すべての資金が吹っ飛ぶとは……」
こう嘆息するのはサラリーマン投資家のI氏だ。失った200万円はFX口座に入れていた資金。高金利通貨として知られるトルコリラとメキシコペソに投資していたが、3月22日早朝にすべてのポジションが強制ロスカットされたという。実はこの日、多くのトルコリラ投資家が地獄に落とされた。市況番組を多く担当するアナウンサーの大橋ひろこ氏が解説する。
「3月18日に通貨安とインフレの進行に歯止めをかけるべく、トルコ中銀が市場関係者の予想を上回る大幅利上げ(政策金利を17%から19%へ引き上げ)を実施し、『あの利下げ論者のエルドアン大統領も、ようやくリラ安阻止に動いた』と安心感が広がっていました。ところが、その2日後に突如、中銀総裁が更迭されたのです」
土曜日の更迭劇を受けて、前週末に15円を超えていたトルコリラ/円は、月曜日早朝に13円割れの水準で取引を開始。「15%も値が“飛んだ”ので損切りできない投資家が続出した」(大橋氏)という。
◆強制ロスカットに嘆く投資家たち
一般にFXでは損切り注文を入れておくことで、投資家は損失を限定する。損切りを入れていなくとも、証拠金維持率が50%を割り込むと、強制ロスカットされるのが一般的だ。投資家保護を目的に国内FX会社が取り入れたシステムである。
ただし、為替レートの連続性が失われると、時に損切り・強制ロスカットのタイミングが遅れる。今回は、休日を挟んで2円以上の値が飛んだために、I氏のように全資産を吹き飛ばす投資家が現れたのだ。それどころか、「借金」を抱える投資家までも続出した。
「FXアプリを開いて3月22日の取引開始を待っていたら、レートが動き始めた瞬間、僕の買いポジションは強制ロスカットされ、口座残高がマイナスになりました。50万円の元手で20万円以上の含み益が出ていたのに、一瞬で14万円の借金に変わった。2か月分の生活費を失ったことは、家族にも打ち明けていません」
こう話す個人投資家のねこみかん氏はすぐに14万円を“返済”したが、督促に頭を悩ませる投資家も。FX歴10年以上のT氏が話す。
「22日7時05分の強制決済の通知で目が覚めました。横で寝ている妻にバレないようにFXアプリを開くと、証拠金残高がマイナス55万円。100万円以上の資産を飛ばし、借金まで抱えたんだと理解できるまでに10分ぐらいかかりました。翌日からほぼ毎日FX会社から督促の電話がきてますが、いまだに電話に出られません……」
◆被害者を増やし続けるFXの構造
実は今回の「令和のトルコショック」は、歴史に残るほど多くの“借金”を生んだ事件だった。投資ライターの高城泰氏が話す。
「今回発生した国内FX会社の未収金総額は14.2億円に達しました。データを集計している金融先物取引業協会によると、その額は過去3番目の大きさ。あくまで個人投資家が抱えた借金額なので、トータルの損失はその何十倍もあったと予想しています」
損失を限定するシステムがありながら、なぜ繰り返し借金を抱えるFX投資家を生んできたのか? その原因はFXの仕組みにある。FXのシステム設計に携わり続けてきた尾関高氏は解説する。
「FX会社は取次業者みたいなもの。インターバンク市場の参加者である銀行や証券会社から為替レートを仕入れて、投資家に提供しているわけです。取引量の多い米ドル/円のようなメジャー通貨ならいくらでも仕入れられますが、トルコリラのような新興国通貨で、さらに対円という超マイナー通貨ペアは仕入れ先が限られる。
おまけに、中銀総裁更迭のような大事件が起きたあとは、仕入れ先がレート配信を渋る。『約定してほしくない』という思いで、『売値12円/買値14円』というふうにスプレッド(売値と買値の差。トルコリラ/円の平常時のスプレッドは1~2銭)を大きく広げて提示してくるんです。
平常時ならまず約定しませんが、休日を挟んだ早朝の参加者が乏しい時間帯に、強制ロスカット注文が大量に発生すると、それが約定してしまう。FX会社は適切なレートでロスカットを執行したくても、『適切なレートがない』ため、不利なレートで強制決済せざるをえないのです」
不可抗力のため、借金を抱えた投資家には返済義務が生じる。
「海外では“ゼロカット”という、未収金の返済を要求しない仕組みもありますが、未収金はFX会社の立て替え金。顧客からの回収を放棄する行為は、日本では損失補塡・利益供与の違法行為に当たるので、FX会社は返済を求めざるをえないのです」(荒井哲朗弁護士)
◆知識の乏しい高齢者が、勧誘の対象に
とはいえ、トルコリラ被害者を増やした一因はFX会社にある。
「商品先物取引では、不招請勧誘(勧誘を要請していない顧客に対する勧誘行為)が禁止されていますが、東京金融取引所による『くりっく365』というFX商品はその対象外。それをいいことに、FX会社は多くの高齢者を勧誘し、高金利を売り文句にトルコリラへの投資を勧めてきました。くりっく365でのトルコリラ投資を新規顧客開拓のツールにしてきたのです」(FX会社関係者)
高城氏によると「トルコリラ/円取引の67%を東京市場が占めている。これとは別に対ドルの取引もあるが、世界のトルコリラ取引の半分近くを日本が担っていると推計される」という。
裏返せば、令和のトルコショックで大損した投資家の大半は日本人ということ。「リスクのある通貨だけでも最大レバレッジを引き下げるなどの対策が必要」(FX会社関係者)との声も漏れるが、トルコリラ投資の現状を放置していいのか? 議論の余地がありそうだ。
◆損切り注文のスリップなどで違法性の認定も
為替が異常な値動きを見せると、時に訴訟沙汰になることも。荒井哲朗弁護士が話す。
「私が担当したのは’09年に起きた南アフリカランドの異常レート事件。東京金融取引所のくりっく365でランドが一瞬にして3割も暴落したのです。原因はコメルツ銀行の設定ミス。同行が誤って提示した異常に安いレートと顧客の成り行き注文が約定して急落し、その下げが新たな強制ロスカットを連鎖的に引き起こして大きな損失を抱える投資家が続出。その投資家が東京金融取引所とコメルツ銀行を相手に起こした訴訟では、同行の違法性は認定されました」
実勢レートからかけ離れたレートでの約定トラブルなら、違法性が認められる可能性があるというのだ。注文が“本来あるべき”水準で執行されなかった責任をFX会社が問われるケースも。
「米雇用統計発表直後、損切り注文が大きく滑って約定したことを巡って起こされた裁判では、FX会社に為替レートを配信していた金融機関に当時のレートを提出してもらいました。その結果、本来約定すべきレートで約定していなかったことが判明。勝訴的和解が成立しました」
◆大損しても再起の道はある?
国内FXはFX会社と投資家との相対取引が主流だ。取引所取引と異なり、投資家には適切に約定したかどうかなどわからない。だが、裁判を起こすことで、そのときの適切なレートを確認できることもあるのだ。
「為替レートというのはそもそも不明朗。株価のように客観的なレートがあるわけではない。NDD(インターバンク市場直結型の口座)でもコンマ数秒の違いでレートが変わるし、『システムが脆弱』と言われればレートの違いを許容せざるを得ない。その点でFX最大のリスクは為替変動よりも、トルコショックのような流動性リスクやシステムトラブルなど業者そのものに起因するリスクにある」
なお、借金を抱えてしまった場合、交渉次第で遅延損害金なしで毎月数千円からの返済に応じるFX会社もあるとか。大損しても再起の道はある?
<取材・文/SPA!トルコリラショック取材班 図版/ミューズグラフィック チャート提供/TradingView>
(出典 news.nicovideo.jp)
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